マッチメーカー目次へ戻ります【第8話】初陣、波瀾の幕開け−2

プシュー…

 空気が抜けるような音を発しながら扉が開くと、男が部屋の中へと歩を進めた。やがて、
部屋のほぼ中央にある『それ』の前へ、ゆっくり歩を進めると、『それ』をあらためて見つ
めた。

コポ…コポコポ…

 『それ』は、透明な円柱型ケースに、特殊な溶液を満たしたものの中にあった。おぞま
しきかな、『それ』は良く見ると、人間の脳であった。脳には無数の電極やチューブのよう
なものが刺さっており、それらは回りの機器へと繋がれていた。また、下から淡い照明で
照らされているせいか、不気味さが、より一層強調されている。
 男は、『それ』に向かって話しかける。
「…父上、計画は第一段階を終了し、第二段階へと移行中であります」
 すると、驚いたことに『それ』が喋り始めた。
「…ソウカ、ゴクロウ」
 その声は、どこか機械染みており、耳障りだ。
「…タイプ2ノグアイハドウカ」
「はい、ほぼ完了しております。後は時を待って覚醒させるだけです」
「…ソウカ…フフフ。タノンダゾ、ワガイトシイムスコヨ」
「はい。お任せ下さい」


 一週間後…抜けるような青空の下、東京臨海副都心に建設されたMMコロシアムでは、
試合前だというのに、異様な盛り上がりを見せていた。このコロシアムは、ヒューマノイ
ド・バトルの行われていた会場を、増改築、そして、観客の安全を確保するため、観客席
の全面に透明なシールドが張られている。また、巨大なバックスクリーンも設置されてお
り、コクピット内の映像も映すことが可能である。
 広さに関しては、以前の2倍はあるだろう。ゲートが東西に一つずつあり、そこからA
Kが登場するようになっている。各チームは、そのゲート周辺に設置されているブースで
作業、指示などを行う。なお、ドーラーの安全を確保するために、「転送装置」と呼ばれる
ものが、会場の中央壁寄りに設置されている。これは、もし万が一AKが破壊され、脱出
が間に合わなかった時に、ドーラーを強制的にこの場所へと転送するものである。しかし、
100%動作するものではなく、場合によっては間に合わないか、最悪動作しないことも
あるという不安定なものでもあるので、結局は各チームの確固たる安全対策が必要だ。
 今し方、この熱狂で包まれたMMコロシアムに、手続きを済ませた、一台の巨大なトレ
ーラーが到着した。このトレーラーは、「STAR−RUNNER」という、AKの運搬の
ほかに、宿泊施設、ラボなどが入っている代物だ。トレーラーには、「TEAM D−AT
LANTIS」と、「D−LABORA−TORY COMPANY」という印刷が確認で
きる。このトレーラーはいうまでもなく、トミーをオーナーとする、チーム・D−アトラ
ンティスの物である。
 今、このトレーラー内の一室でミーティングが行われていた。
「…えー、対戦相手、池上 さおり選手が搭乗するAKの武装が発表された。武装は、ガ
トリングポッドA(手持ちの速射砲、オート射撃)、バックラー(手に持つ小型の盾)、ア
ームシールド(腕に取り付ける小さな盾/両腕)、サテライト(4つの浮遊球が機体をガー
ドする。一種のシールド)…以上だ」
 トミーがそう言うと、マーティンが舌打ちをする。
「チッ、やっぱり相手は防御を固めてきたか。勝敗は五分五分か…」
 するとトミーが不安げに、
「…すると、スター・アトランティスの装備というのは」
「ええ、攻撃性にウエイトをおきました。初めの方針と変わりありません。つまり、無補
給戦には余り向いていない為、相手に攻撃を防がれても、よけられても、それが致命傷に
なり兼ねません」
「無補給戦に向いた機体にすることは、出来なかったのかい」
「出来ないことはなかったんですが…」
「…防御を固めるとどうしても反応性能が劣るため、ミケの攻撃スタイル…つまり、ヒッ
ト・アンド・アウェイが難しくなってしまうんです」
 言葉を濁すマーティンに助け船を出したのは、ディビッドだった。相変わらず眼鏡の位
置を直しながら、真剣に話し出した。
「その為、装甲は強化せずに、反応性能、移動性能を大幅に上げた機体設計になっていま
す。武装は、一撃必殺を念頭に置いて、ドリルクローに強化してあります。ただ、対戦相
手の武装を見ると、防御がかなりしっかりしていますので、攻撃を無効果される恐れが濃
厚です」
 マーティンは、彼の言葉にうなずきながら、
「早い話が、ミケの身のこなしに合せた機体…と言う事だ。反応性能を落とすということ
は、ミケの攻撃スタイルを生かすことができないからな」
 そんな会話の中、一番不安なのはミケ本人だ。
「…あ、あのぅ…だ、大丈夫なのかなぁ」
 ミケが露骨に心配な顔をすると、マーティンは持ち前の元気をミケに与えるかのごとく、
力強く励ます。
「ははは、ごめんよミケ。なぁに、大丈夫さ。シミュレーションをあんなにやってきたじ
ゃないか。後はリラックスして、自分の力を100%出せば大丈夫だよ。いくら、スター・
アトランティスが無補給戦に向いていないからといって、勝てない機体ではないんだ。ミ
ケに合わせて調整した機体だ。大丈夫、勝てるよ」
「…うん」
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